短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

カテゴリ: 短歌

海を見に行きたかったなよろこびも怒りも捨てて君だけ連れて/染野太朗

過去形になっているのが切ない。もう叶わぬことになってしまったのだろう。

コロナ禍の今読むと、ますます響いてくる。行きたいところに自由に行けないもどかしさ。そうこうしているうちにも時は流れ、関係性も変わってゆく。

二度と戻らない「今」を感じ直す歌である。

営業の中年男ことこどくコーラをこぼす漫画喫茶で/菊池裕

さぼっているサラリーマンを見つけたのだろう。漫画喫茶でさぼっているところをみると、よほど本腰を入れてさぼっているとみえる。

コーラをこぼしているマヌケぶり、中年であることをみると、決して「学校をさぼる」ほどの明るさがないのも事実。どこかで歯車が狂ってしまった男性の悲哀がみてとれる。

まあ、さぼれるだけ良い身分な気もするが。

卓上の本を夜更けに読みはじめ妻の挾みし栞を越えつ/吉川宏志

読書好き夫婦のエピソード。同じ世界を共有できる関係性に仲の良さを見出せる。

本そのものも面白かったのだろう。妻のあとから読み始めたのに、そこを越えてしまった。静かな時間の中のふとした気付きがそのまま歌になった作品だ。

銀色に照りたるiPhoneの看板の端で土鳩は羽を休めて/田中拓也

独特のセンスとファッション性で世界的な影響力を持つマック製品も、土鳩の前ではなんら意味を持たない。そのギャップかおもしろい。

個人的には、マックにハマらなかったタイプなので、今でもパソコンはWindows、スマホはAndroidだ。

iPhoneか、それ以外かの世界観を作り出した時点で凄いが、なんだかそれすらもちっぽけな話に感じさせるのがこの歌の狙いだろうか。

長ネギを差した買い物袋提げ我青山でネクタイ選びぬ/しゅろ


開店時間の都合で起こってしまった悲劇。明らかに順番を間違えた。

長ネギが突き出た買い物袋は、それだけで家庭的な雰囲気の出るアイテムではなかろうか。そんな生活感溢れる長ネギは、ビジネスシーンの象徴であるネクタイの対極に位置するものだ。

例に漏れず店員さんが声をかけてきて、ネクタイの柄や色を見てくれた。その間中ずっと私の腕には長ネギの突き出た買い物袋がぶら下がっていて、後々この店員さんの話のネタになるのかなどと考えながらも、慎ましい一顧客としての立場を演じていたのだった。

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