短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

カテゴリ: 短歌

忘れじの行く末までは難ければ今日を限りの命ともがな/儀同三司母

「いつまでも忘れない」なんて言葉も、遠い将来まで続くことは難しい。ならば今日を限りの命であったら良いのに。

幸せとは難しいもので、一番幸せな時だからこそ不安になってしまうということがある。不幸はもちろん嬉しくないが、せっかく幸せの絶頂にいるのに将来のことを考えてしまうのだから、なんと人間はかなしい生き物なのだろう。

この歌はまさに新婚ほやほやの時に作られたものだとか。こんな歌を作ってしまったら、あとは下る一方ではないか。自らフラグを立ててしまった作者の運命に思いを馳せる。

八月のフルート奏者きらきらと独り真昼の野を歩みをり/笹井宏之

作者の歌集のタイトルにもなっている「八月のフルート奏者」が光る。

八月から想像される猛暑の要素が綺麗に抜き取られ、突き抜けた青空と底抜けに明るい空間が広がっているようだ。こんなに美しい八月があっただろうか。

季節を題材にしつつ、バーチャルな感覚が「今」らしい一首だ。

御垣守衛士の焚く火の夜は燃え昼は消えつつものをこそ思へ/大中臣能宣

夜は燃え、昼は物思いにふける恋の様子をビジュアルとして生き生きと表現したものだ。分かりやすいたとえであり、意味がとりやすい。

今を生きる我々にしても、昼と夜では別の顔を見せる人はたくさんいる。誰かが仕事の場と酒の席といった対比で違う側面を見たりすると、意外だったり、親近感が沸いたりするものだが、昔から夜はテンションが上がる時間帯だったのだろう。そこに合理的の理由はないだろうに、不思議である。

昼には消されてしまう御垣守の焚く火が、くすぶる思いを暗に表現する。百人一首に入る一首である。

やはらかに柳あをめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに/石川啄木

故郷の景色を思って、郷愁を覚える歌。

思い立ったらすぐ飛行機か新幹線に乗れる現代では、少し響きかたが変わってしまう歌かもしれない。

ただ、コロナ禍の今となっては、帰るにも帰れない故郷というのは、わりとリアルに感じるものがある。啄木もこういう心持ちだったのか、と多少なりとも思うところはある。

「や」わらかに「や」なぎ、「き」たかみの「き」しべ。実は音韻も巧い一首でもある。

今朝の朝の露ひやびやと秋草やすべて幽かそけき寂滅ほろびの光/伊藤左千夫
後半の「幽けき」や「寂滅の光」といった言葉遣いが、表現の到達点に思えるほど極まっている。

単なる風景描写、心象表現を超えた芸術としての歌が、ここにはあるのだ。

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