君にちかふ阿蘇のけむりの絶ゆるとも万葉集の歌ほろぶとも/吉井勇

愛の大きさを表すため、古今東西、人は様々な形に言い換えてきた。

思うに今の時代は、わりとストレートな表現をするほうが良いとされる潮流にある気がする。

「好きです」、「愛しています」、「ずっとそばにいて」、永遠にどうとかこうとか…回りくどい言い方は避けたいとしても、言葉も万能ではないのだから、だいたい同じような言葉に収斂してしまう。これでは、言うほうも言われるほうも「デジャヴ」にはならないか。

万葉集にこんな歌がある。

ありつつも君をば待たむうちなびくわが黒髪に霜の置くまでに/磐姫皇后

このままでいてあなたを待ちましょう、なびく私の黒髪に霜が置くまで。

黒髪に霜が置くまでとはもちろんそのままの意味(寒くなるまでとか、冬になるまで)でなく、髪が白くなるまでという意味。女性にとっての黒髪は自身の魅力をアピールする最大の武器だが、そんな自慢の黒髪が真っ白になるまで待ちましょうと言うのだから、これはとんでもない愛の告白なのである。

冒頭の歌もまた、極端な比喩を用いて愛の大きさを伝えようとしている。

阿蘇のけむりが絶えることも、万葉集の優れた歌がほろぶことも金輪際ありはしないのだ。ありもしないことが起こったとしても、君に愛を誓う。この歌もとんでもない愛の告白である。

誰も聞いたことのないような喩えで愛の告白ができたらどれほど素晴らしいだろう。その比喩で相手がわかってくれるか、だけれども。