短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2021年07月

こころざしくづれて廿歳雪の上を群青の風過ぎし痕あり/塚本邦雄

YOASOBIの『群青』にハマったのでたまたま見つけた群青の入った短歌。

若者の挫折を描く。群青の風を爽やかなイメージで使わないところに、大歌人の非凡さを感じる。

冷たく暗い群青。これはあり。

一生をかけてもわたしにつくれない電子レンジを100円で売る/まるやま

私は今年の春に冷蔵庫と電子レンジと炊飯器を一度に揃えた。これまで5年もの間、それらなしの生活を続けていたものだから、とんでもなく高度な文明社会にワープしてきたような気持ちになったものだ。

あって当たり前に感じる身の回りの機器も、いざ自分で1から作れと言われたら絶対に作れない。リサイクルショップに持って行ったときの価格と性能のアンバランスさに、文明社会の奇妙な倒錯を発見したのだろう。

ジャンプでやっている『Dr.ストーン』を読むと、科学技術の尊さを思い知らされる。我々は良い時代に生きているのだ。

子をなさず逝きたるものの数限りなき欠落の 花いちもんめ/平井弘


花いちもんめはじゃんけんで人の取合いをする子供の遊び。

この歌に言う花いちもんめはもちろん喩えであり、要するに戦争を指している。


一人になるまで奪い尽くす花いちもんめの裏に、戦争というリアルを見る。

遊園地来たけど上手く遊べない私どこかが壊れてますか/えむ

わかる。別に遊園地が嫌いなわけではないが、楽しめてない自分に嫌気がさすことはあった。

ディズニーランドや、富士急ハイランドなど、人並みには遊びに行ったが、取り繕うかのような楽しみ方しかできていなかった気がする。ああいう場所で素直に楽しむためには、遊びモードへの切り替えが必要だ。それには相応の技術がいる。要は自分が幼すぎたのだろう。

上手く遊ぶ必要なんてない。家で本を読んでいたほうがずっと楽で心地よかったりする時もある。上手く遊べなくとも、良い思い出に変わることはある。時が解決してくれるはずだ。

こおろぎは鳴いているけど冷やし中華やめましたとは誰も言わない/太田槙子

言われてみると、冷やし中華はじめましたは高らかに宣言されるのに、最後はひっそりと終わってしまう。あの勢いはどうしてしまったのか、と問いたくもなる。

歌の切り口の勝利だ。

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