短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2021年06月

どんぶりが実家にあるのと似てるからもう来ないって決めてしまった/川元ゆう子

ラーメン屋での出来事。なんのラーメンを食べたのか、どんな味だったのかまったく書かれていないが、そこが問題でなかったのは確かだ。

実家にもあったようなどんぶりを使っていたことが作者にとって問題だった。ラーメン屋にとっては理不尽この上ない。ラーメンで評価してくれ、と。

でも、この感覚が「好き嫌い」の判断に最も忠実なように思う。我々が好き嫌いだと感じるのは常にこれくらい理不尽なものだし、そこには理屈ではない別の価値観が流れているものなのだ。

胆石と高血圧の既往あり健診太郎三十二歳/岡野大嗣

健診太郎というのは、見本にある名前だろう。見本から想像する健診太郎さんの人物像。ある程度既往症がないと見本のモデルにはならない、という事実を裏から見たおもしろさがある。

試験問題だと、学校名をもじった名前とか出てくる。共感度の高い一首だ。

飲みながらおしっこしたらそれはもう管よ私は一本の管/木下龍也

確かに、上から入ってそのまま出ていくように見える。人体といえども有機物。身体の中でどれほど複雑な処理をしているのかはわからないが、入ってきたものは最後は出ていくという当たり前のことに気付かされる。

この現象を短歌にしようとするセンス。並大抵ではない。

かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭/寺山修司

ホラー色の強い歌だ。

幼い頃かくれんぼをした記憶と、老いてから訪れた村祭の光景。たったそれだけだが、どこかフィクションめいたストーリーが想起されてくるから不思議である。

この世のものでないエネルギーを感じるのは、祭という非日常を演出する場だからだろう。自分のことを歌うものとされがちな短歌に、神の視点を持ってきた寺山短歌の真骨頂がここにある。

悲鳴が聞こえた気がして掃除機を切るまたつける悲鳴があがる/蜂谷駄々

これ、経験した人多いのではないか。

想定外の音が鳴った気がして、取り掛かっていることの手を止める。

だいたい気のせいで、再開したらやっぱり鳴っている。

この現象が表せるのも、短歌ならではではないか。言うほどではないがみんなに共有できる感覚。題材の勝利である。

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