短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2021年05月

ワイヤレスイヤホンで聴く天上の調べは未だ天上にあり/しゅろ

久しぶりにモーツァルトを聴いている。かつて聴いていたときよりも沁み渡っており、特にクラリネット五重奏の至高を再認識した。

ガチなクラシックファンには怒られてしまうかもしれないが、私はわりと聴ければなんでもいいと思ってしまうタイプだ。もともとオーケストラにもいたので、そもそも生演奏には敵わないというベースがある。オーディオ機器を揃えるほどに良い音楽になるのはわかっているが、あとは割り切りの問題だ。

そんなわけで、ワイヤレスイヤホンでもがんがんクラシックを聴く。モーツァルト晩年の傑作、クラリネット五重奏を流したのだが、あまりにも良すぎて泣きそうになった。歳を重ねるごとにこの曲が魂に響いてきている。聴くごとにこの世のものでなさがわかってきたのだろう。

モーツァルトの時代から250年。今や音楽は手元、耳元にある。それでも、モーツァルトの音楽は今でもはるか天上のものに感じるのである。

電話メモの紙片いくつも貼られあり欠勤つづく男の机/吉川宏志

職場の一コマである。

欠勤が続いている男性社員宛にメモが溜まっていく。彼に何があったのかここからはわからないが、おそらくは精神的な病であろう。

そんな彼に対して、容赦なくかかってくる電話。つい先日までは社内でもエース格の存在であったに違いない。電話メモが溜まってくるくらいには、直前まで活躍していたのだ。

バリバリやっていた(であろう)からこそ、居なくなったときの影響が大きいのである。電話メモだけが溜まっていく。だからといって、他の人が対応するというわけでもない。ひとりで関われば関わるほど、他の人は手出しできなくなるもの。

日本社会の暗部をみるような歌である。

ねこの子のくびの鈴がねかすかにも音のみしたる夏草のうち/大隈言道

夏草の中に小さな子猫が隠れている様子を歌ったもの。わかりやすい内容で、最近作られたような感じも受けるが、これは江戸時代後期の作品だそうだ。

時代に左右されない物事というのは、ある種の真理をおびているものだが、ここでいうと猫の可愛さだろうか。

いつの時代も猫は気になるやつだったのであろう。

こだま―ひくのぞみ=六八分のために選んでいるミステリー/細溝洋子


新幹線で読む本は大変捗る。

限られた空間と限られた行動範囲が、かえって余計な誘惑を退けて本に向かわせてくれるのだろう。

新幹線に乗る前に本屋へ寄ると、なんでも読んでしまえるような気になる。いまからたっぷり数時間。これを読むんだと決めて買うと、しっかり集中できるものだ。

本好きとして共感できる一首。

パレットに名もなき色をつくってもつくってもほのおにはなれない/佐藤りえ

デジタルな今の時代らしい歌。

どれだけ色を重ねても本物の炎にはならないのだ。

永遠に埋まらないデジタルとリアルの差。それでも、創造の世界は立ち止まることを知らない。

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