短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2021年01月

眠られぬ母のためわが誦む童話母の寝入りし後王子死す/岡井隆

童話の持つファンタジーさと、時折垣間見せる残酷さは、しばしば詩のモチーフにもなってきた。

母のために読んであげているというリアルと、寝入り後に童話の世界で起こる悲劇が絶妙で、どちらともはたしてこれは良いことなのかそうでないのか複雑な気持ちにさせてくれる。

本当に優れた作品は、感情に対して開かれていると言って良い。楽しいでも、嬉しいでも、悲しいでも悔しいでもない。ぐちゃぐちゃでよくわからない気持ちになればなるほど、その作品は優れている。

この歌も、複雑な気持ちを起こさせる点で大変よくできている。素晴らしい短歌だ。

きらきらの霜の鉄棒にぶら下がり青年の愛朝を研がるる/佐佐木幸綱

青年の愛の熱さ、鋭さを、よく冷えた冬の朝が鎮めている。

十代にしかない、やりどころのないほどのエネルギーがよく表現されている。

山に来てほのかにおもふたそがれの街にのこせしわが靴の音/若山牧水

このとき履いている靴は、大して思い入れのある靴ではないのだろう。山におしゃれな靴は似合わない。

良い音を鳴らして歩いたかつての自分に、懐かしさをみる。聴覚から訴える詩情に歌人のセンスを感じるのだ。

夕闇にまぎれて村に近づけば盗賊のごとくわれは華やぐ/前登志夫

アウトローに堕ちても、やはり人里は嬉しいものなのだろう。

人恋しいが、なんらかの事情でコソコソとせざるをえない「われ」。どんな人でも、人間関係というのはかくも複雑な距離感なのではないだろうか。

わが内のかく鮮しき紅を喀けば凱歌のごとき木枯/滝沢亘

結核による喀血を歌ったもの。

日常の風景に戻せば、木枯らしが吹きすさぶ中、病に苦しむ様であるが、歌人はかくもドラマチックに表現するものである。

結核は今では治る病として知られるが、それでも危険なものであることは変わらない。個人的に結核と聞いて思い当たるのは、『風立ちぬ』。はからずも、文学的な作品に結核は大いに貢献したのだ。

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