短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2020年11月

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする/岸上大作

1960年の日米安保闘争を歌ったもの。学生と機動隊が衝突していたという事実は、今の時代を生きる者からするとファンタジーのような話だ。

そこから1970年にかけて学生運動の最盛期をむかえ、学生側の敗退を機に政治的無関心な世代、いわゆるシラケ世代が登場することになる。私の感覚では、そこから今に至るまで、若者の政治的無関心は継続しているのではないかと思っている。

私自身学生運動など文学の世界でしか知らないし、熱い時代があったのだなあとしか思わないのだが、闘争の是非はともかく、その時代の熱量だけは失ってはいけなかったのではないかと思う。

今の時代、飄々としているほうがますますかっこいいと思われがちだが、そこに真のパトスはあるのだろうか。この歌のような生臭いうつくしさは、二度と理解されないのか。考えてしまうものである。

誰にでもわかる言葉で話すこと標語に似たり人にやさしく/しゅろ

今の世の中、わかりやすさに溢れている。

わかりやすいストーリー、わかりやすい歌詞、わかりやすい言葉。悪いことではない。

しかし。言葉は思考の源だ。語彙力はそのまま知力に繋がる。

わかりやすく簡単な言葉は、繰り返し、染み込むごとに思考力を奪う。一見誰もが納得する言葉も然りだ。

わかりやすさの違和感。どうにか言語化してみたい。

華金にワイングラスを傾けて夢の通い路人目につかず/しゅろ


週末にどんちゃん騒いで、わっとストレスを解消するのが本来の華金だが、こんな状況ではそんなこともできない。

酒をたくさん買い込んで一人華金をしたが、疲れ過ぎていてものの数杯で眠ってしまった。

後半は百人一首からの本歌取り。

あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月/明恵

本気なのかおどけているのかわからないような歌だが、本当にあるもの。

いろんな捉えられ方をしているそうだが、個人的にはアリだと思うタイプだ。

どう感じるかはその人次第。あなたはどうですか?

我友は蜜柑むきつつしみじみとはや抱きねといひにけらずや/斎藤茂吉

昨日個人的にみかんをたくさんもらったので、みかんの短歌を。

生活の一部を象徴するみかん。歌語としても使いやすい言葉だろう。

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