短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2020年10月

未来と言へどただ老ゆるのみ十月の水に鉄片のごとき蝶/塚本邦雄

今日で十月も終わり。寒さを感じるようにもなり、いよいよ晩秋、まもなく冬である。


下降線を辿るようなネガティブな季節。鉄片のごとき蝶、印象に残る言い回しだ。


とはいえ、今日は満月。空気もより澄んで、美しい月が見られそう。


風邪には気をつけて、温かくして出かけよう。

秋の夜のつめたき床にめざめけり孤独は水の如くしたしむ/前田夕暮

多くの歌人を孤独に陥れてきた秋の夜だが、前田夕暮ほどになるとその受け止め方には余裕がある。


水の如くしたしむ。どのような形で来ようとも受け止め、馴染ませようとする心持ちが感じられる。


つめたくも穏やかな境地を歌った、神聖な雰囲気のある一首である。

ロマンチックな庭だね、黒い草花が取り囲む池に虹が懸かり、きみの弟が溺れてゐるね/松平修文
これは短歌なのか、と思うようなものを見つけたのでご紹介。

綺麗な風景と危険な出来事が表裏一体になっているのが、ロマン派らしさを醸し出している。

ロマン派の音楽も、曲そのものはきらびやかでうっとりするものが多いが、どこかしら危うさがあって聴く者の心をざわつかせるものだ。

物語的なおもしろさのある一首。きみの弟、大丈夫なのだろうか。

おりたちて今朝の寒さを驚きぬ露しとしとと柿の落葉深く/伊藤左千夫
今朝の寒さには余程驚いたのだろう。なんとなく寒いなと思った程度であれば、寒さ「に」驚くが正解だ。寒さ「を」驚くとしているのだから、明らかに寒さを意識したものである。

まだ涼しいと思っているうちに、めっきり寒くなる日がある。今くらいの時期にぴったりな、秋の名歌である。

飼猫にヒトラーと名づけ愛しゐるユダヤ少年もあらむ地の果て/春日井建
時の経過は恐ろしく、この歌の意味するところがわからなくなってきているのではないか。

猫の名前というのは、名付け親の無垢な部分が現れている。最も忌むべき対象を最も無害な存在に仮託することのおぞましさ。無垢は時として底知れない恐怖を生み出す。

静かな調べの中にとてつもない蠢きを感じる一首である。

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