短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2020年07月

広辞苑ひもとき見るにスモッグといふ語なかりき入るべきものを/新村出
広辞苑初版の編者として知られる作者。昭和37年の作で、スモッグが広辞苑に加わるのは第二版(昭和44年)から。

刻一刻と言葉は移ろう。今だと、エモいとか、ぴえんとか、言葉は次々生み出されていく。

古い言葉も新しい言葉も、興味を持って取り込んでいきたいものである。

露と落ち露と消えにしわが身かななにはのことも夢のまた夢/豊臣秀吉
豊臣秀吉の辞世の歌といわれる。

天下統一という前人未到の大仕事をやってのけた秀吉ですらも、死は訪れる。

誰が作ったにしても良い歌ではあるが、この歌を秀吉が作ったのだと考えると余計に響くものがある。

夢のまた夢とは、なんと儚い内容だろう。手放しに良い歌だといえるのではないだろうか。

ひぐらしのかそかに鳴ける峡かひを来て空に吊せる吊橋わたる/都筑省吾
日光で読まれた歌だそうだ。

山奥の自然が目の前に現れるような一首。

個人的な日光での思い出はというと、やはりステーキハウス『みはし』の料理だろう。しかもステーキよりもインパクトがあったのは、マイタケ。正直、これがメインでもおかしくないレベルの美味しさであった。

一時休業ののち、現在は再開しているとか。いつまでやっているかわからない。みなさん、是非とも『みはし』のマイタケを。

夏の女のそりと坂に立っていて肉透けるまで人恋うらしき/佐佐木幸綱
そこにいるようないないような、幻惑的な表現だ。

女性への普遍的な恋心を描いているのだろう。

明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしきあさぼらけかな/藤原道信

夜が明けてもまた日が暮れることは知っているけれども、明け方が来るのは恨めしいものだ。

とても意味がとりやすい歌である。また逢えることはわかっていても、別れたくないということ。

あさぼらけの歌に「暮れる時間」を入れているのが斬新。百人一首のひとつである。

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