短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2020年04月

そうだよね「大分」をなぜ「おおいた」と読むのかパパもわからないんだ/もなか
短歌投稿サイト『うたらば』4月号より引用。

たしかに、そうだよね。

わからないことがわかっているから大人なのではなく、わからないことをそのままにしておけるのが大人なのである。なんとも情けない話で、子供には聞かせられない。

子供のような好奇心をいつまでも持っていたいものである。

てのひらの骨のやうなる二分音符夜ごと春めくかぜが鳴らせり/永井陽子

二分音符は中抜きの音符。よくある記号としての音符マークとは少し形状が違うものだ。

てのひらの骨のようだとは、おもしろいたとえである。その音符を夜の春めく風が鳴らす。なんと詩情に溢れた歌であることか。

シンプルな言葉の中で、「骨」のたとえがアクセントになっている。是非二分音符を、自身の目で確かめてみてほしい。

運命の不思議を思ひ一人ゐき深き沈黙に降る春の雨/安田章生

情景を歌っているような、気持ちを歌っているような、どちらつかずの表現が新鮮な歌。

春の雨が連想させるやわらかで、少し煙った感じが神秘的である。

沈黙に降る、とはどういうことなのだろう。思わせ振りな描写がにくい、そんな作品だ。

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は/穂村弘

およそ想像もつかない「冷蔵庫の卵置き場」と「涙」の組み合わせが、かえって作り物でないリアリティーを感じさせる。

何かあったから涙が流れたわけだが、自分でも思いもつかないタイミングだった、という描写がとても巧い。

これが北原白秋の涙だったらこうだ。

ナイフとりフオクとる間もやはらかに涙ながれしわれならなくに

ちょっと芝居掛かっている印象。もちろんこれはこれで上品なのだが。

涙ひとつでこれだけ違いが出るのもおもしろい。好きな涙のシチュエーションを探してみてはいかがだろうか。

珈琲を活力としてのむときに寂しく匙の鳴る音を聞く/佐藤佐太郎

私自身コーヒーが好きなので、しばしばコーヒーをよみこんだ短歌を探すのだが、意外にもポジティブな意味合いでコーヒーを歌っているものが見つからない。

コーヒーを都会的な象徴としてよみこんだ寺山修司の歌が有名だが、あまりコーヒーを良く思っていない感じがして残念である。良い歌ではあるが。

私が今まで見つけた中で一番ポジティブに使っているのがこれ。

水玉のマグに珈琲みなぎらせ居間という名のアウェイに向かう/蒼井杏

活力剤として使っている点では冒頭の歌と共通するのがおもしろい。

「カフェ」ならば落ち着いた雰囲気を歌う作品があるのに、コーヒーとなると見つからなくなる不思議。仕方がないので自分で作るか。

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