短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2020年01月

2番線ホームに緑色をした憂鬱がまた到着します/千原こはぎ

ずいぶん前に話題になった、駅メロの耳コピ演奏動画がある。


いつも聞いている憂鬱なメロディが、初めて良い音楽として感じられた。それほど、あのメロディは日常に溶け込んでいるということだし、日常は憂鬱にみちている。

説明してしまうのは野暮だが一応触れておくと、緑色をした憂鬱とは山手線である。旅行で東京に行くような人からすると、山手線は憧れかもしれないが、都民からすればせいぜいそんなものである。

朝のラッシュ時は2,3分に一本走っている。乗せても乗せても沸いてくる人人人。「また」到着しますとあるが、げんなりした感じが伝わってくるようだ。

個人的には、今は山手線ユーザーではないので少し懐かしさもある。先ほど紹介した動画の直近バージョンがこの間出て、こちらもとても素晴らしい演奏だった。合わせて見てもらいたい動画だ。


皆様にはお詫びの言葉もございません反省文を白紙にて出す/中條茜

究極の反省が、まるで反省していないような態度として現れる。本当に反省しているつもりで白紙で出したのか、わかっていてやっているのかわからないが、結局のところ「反省」なんて表現できっこないのだ。

巷ではまたまた不倫騒動で盛り上がっているらしいが、当事者同士で反省を形にするならまだしも、世間に向けてどう発信すれば良いのだろう。何も言わなければ反省していない、何か言い出せば言い訳だなんだ。反省なんて、最初から求められていないということなのか。

幸か不幸か反省文なるものを書いたことがないのだが、一度でいいから芸術性に富んだ名反省文をしたためてみたいものだ。白紙、というのもひとつの手だけれども。

わが好む桔梗は父の患える脳梗塞の「梗」を持ちおり/中畑智江

歌集『同じ白さで雪は降りくる』より、病気の父を歌う一連の作品のなかのひとつ。

思いがけないところに忌むべきものを発見してしまった驚きが記されている。

同じ漢字を持っていたからといって、何があるというわけではない。しかし見つけてしまった以上、作者はこの後もずっと思い出し続けるだろう。父を襲った脳梗塞も、自分の好きな桔梗も、「梗」を持っているのだな…と。

桔梗は今年の大河ドラマの主人公、明智光秀の家紋としても有名だ。明智光秀といえば、長く裏切者のレッテルをはられてきた人物だが、最近になって実際は優れた知将であったことが知られるようになっている。桔梗紋も裏切者を表すイメージがついてしまっていたとか。

直接は関係がなくとも、印象というものは避けられないもの。悪いのは桔梗ではないのに。人の感性とはつくづく不自由なものである。

感情を持たない機械の歌声に思わず泣いた
壊れたわたし/しゅろ

短歌投稿サイト『うたらば』のお題が「歌」なのだが、たくさん考えてはみるもののなかなかしっくりこず…。結局出したのは今のところひとつだけ。

これは投稿していないもののひとつ。少し分かりにくいかと思ったので出さなかった。念頭に置いているのはボーカロイド。機械と感情、正常と故障、機械と人間。それぞれがあべこべになっている今の状況を込めたつもり。

それはともかく。ひとつだけ投稿したものが入選してくれたら嬉しいなあ…。

多摩川にさらす手作りさらさらになにそこの児のここだかなしき/東歌

さらさらという川のせせらぎ、布をさらす動きが流麗に表現されている。多摩川で布を作る文化があったことがうかがえる。布をさらしているのは女性たちであり、彼女らを愛しく感じて歌った男性視点の歌だそうだ。

作った布は税としておさめられた。布製品でおさめる税のことを調ということから、その布のことを「調布」と呼んだ。現在の東京・調布の名前の由来である。

幼少期を調布で過ごした者としては、この歌の存在をもっとはやく知りたかったものだが、誰に教わるというわけでもなく。ずいぶん後になって、自分が短歌・和歌に興味を持ってから知ったので、思いがけない方面からの繋がりにとても感動したものだ。

ついでに。調布は詩人・大岡信が住んでいたところでもあり、『調布』という作品もある。ほとんど知られていないのが不思議。調布の方々、この機会にぜひ。

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