短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2019年10月

柿の実のあまきもありぬ柿の実のしふきもありぬしふきそうまき/正岡子規

柿を送ってもらったのに、返事を怠っていた正岡子規。二週間たってようやくしたためた手紙に記した歌の一つがこれだったそうだ。

甘い柿も渋い柿もあったけど、渋い柿が美味しかったです。それだけの意味だが、歌の形で贈られるとちょっと新鮮である。

平安時代ならまだしも、明治に入ってからも歌で手紙をやり取りしていたとは、なんと文化的であったことだろう。そもそも短歌でやり取りできる相手がいたことも、ちょっとうらやましい気がする。

少し話はずれるが、LINE全盛の今にあって、メールでしかやり取りしない友人がいる。LINEでは口語でやり取りするのが自然だが、メールになると文語混じりでもおかしくない。メールでの少し改まった表現に慣れている者にとっては、LINEの軽さや即効性がどうにも馴染めないという感覚があるようで、その友人とはいつもメールでやり取りしている。

手紙、メール、LINEと時代は進んでも、一概にどれが優れたコミュニケーションツールかというのは、簡単には比べられない。たとえ即日、LINEで返事があったとしても、「柿、ありがとう。美味しかったです。」とあるのと、子規のように二週間間が開こうが、短歌を数種贈られるのと、どちらが価値があるのだろう。

短歌で返事、一度でいいからやってみたい。

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮/藤原定家

目に見えるものを詠って何かを表現するのが、普通のあり方だろう。しかし、この歌は違う。見わたせばと言っておいて、花も紅葉もないと打ち消しているのである。

わざわざ無いものを持ち出して、余計に寂れた情景を際立たせる画期的な手法。時代を1000年ほど先取っているあたり、さすが百人一首の選者である。

花は春のイメージ、紅葉は秋のイメージだととらえると、すべての季節感とも隔絶した地であると解釈することもできる。一応「秋の夕暮」と言っているが、単に虚無を表すのに「秋」という記号がもっともふさわしいからだろう。この歌は秋の歌ではないのかもしれない。

究極の無を表現した、いまなお新鮮な秀歌ではなかろうか。

やさしさがこころを壊す日もあって日暮れのような林檎を齧る/杉谷麻衣

「日暮れのような林檎」という言葉に惹かれる。やさしくされたけれども的外れ、といった噛み合わない人間関係があったのだろうか。もしくは、林檎を齧っているこのひと自身がやさしいから、こころを壊したのかもしれない。

もし後者の解釈だとしたら、吉野弘の『夕焼け』という詩が連想される。

やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにもあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人のつらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持で
美しい夕焼けも見ないで。

こころを壊したすべてのやさしい人へ、これからもやさしい人であらんことを祈って。美しい夕焼けを、日暮れのような林檎を捧げたい。

ふるえれば夜の裂けめのような月 あなたが特別にしたんだぜんぶ/初谷むい

「ふるえれば」と始まるこの歌。これが「見上げれば」であれば平凡な作品で終わっていたかもしれない。

素敵な恋の中にいるのであろう。名前も付けられない感情の高ぶりにふるえている。真っ暗な空の月の形に裂けた部分から、光が差し込んでくるような幻想的な世界にいる(ように見えているのだ)。

なにもかもが違って見える、特別に見える。どうしてくれるの、とでも言うかのような少女のときめき。「ぜんぶ」とひらがなで締められる柔らかな着地も巧い。

心理描写と風景描写が見事に溶け込んでいる一首。このセンス、女性ならではなんだろうなあ。

キャラメルの香りと闇にひたされて映画館とは甘美な宇宙/伊波真人

ちょうど昨日映画館に行ったので、この短歌を。

映画館に行ったらポップコーンは欠かせない。最近はビニール袋に入れてくれるので、余ったら持って帰れるのも嬉しい。塩味も売っているけれども、断然キャラメル派。普段は甘党ではないのだが、映画館でポップコーンと言えばキャラメルしかない。

ここのところ頻繁に映画館に行くようになっている。動画見放題サービスやYouTubeでいくらでもコンテンツが見られるのに、あえて映画館に行くのは、ひとえにあの空間を体験したいからである。頭ではわかっていたが、通うようになってなおさら映画館の良さを感じるようになった。

今の映画館は音も映像も本当にすごい。昨年見た『ボヘミアン・ラプソディー』も本当のライブのような臨場感があって、映画館で見るための作品だと思った。

ちなみに昨日見たのは『ジョーカー』。「甘美な宇宙」とは程遠い、ダークでイービルな内容だった。ストーリーの凄惨さに胸が痛くなったが、最近見た映画の中でも傑出したものであったことは確か。まだの方は、是非映画館へ。

このページのトップヘ