短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2019年09月

足りないとわかりつつも立ち向かうちりがみ一枚牛乳の海/大川高志

生きている中で、「言わなくてもいいことだけど確実に起こった出来事」というのが無数にある。

短歌をちゃんと読み始めてからというもの、いかに短歌が瞬間瞬間の「何でもなさ」を切り取ってきたかが感じられるようになってきた。

小説にするほど報告価値がなく、詩にするほどのネタでもなく。でも、それは確かにあったことなのだ。そんな瞬間を形にする手段として、短歌ほど適したものがあることを私は知らなかった。

「ティッシュ」というお題で作られたという冒頭の歌。確実にこういう瞬間は起こる。誰か、もしくは自分で倒した牛乳瓶、こぼれたものは拭かなければならない。

慌てた彼(もしくは私)だが、持ち合わせはティッシュ、しかも一枚しかなかった。どうする、でも、それで拭くしかないのだ。さあ、いざ!

よくある日常の一コマも、この短歌がなければ永遠に忘れ去られるシーンになってしまうと思えば、なんだかものすごい価値のある一首に思えてくる。短歌ってすごい。

中学生のときに、これと同じレベルで「言わなくてもいいことだけど確実に起こった出来事」を短歌にしたことがあった。当時はまだまだ短歌に興味があったわけではなく、授業の一環かなにかで作ったのだけれども、我ながら自信作だったのか今でも書き出せる。

黒板に書かれた文字と見比べるすべて書けるか最後のページ

そういうこと、ありませんでしたか?

出典:
冒頭の歌はこちらから引用しました。

抜かれても雲は車を追いかけない雲には雲のやり方がある/松村正直

昨今世間を騒がせるあおり運転。あおられたらどうするという問題はあるけれども、まずは我が身を振り返って、平静な運転をしているか考えておきたい。

雲には雲のやり方がある、という下の句が独特だ。雲をまるで意思があるかのように捉え、そこに悠然とした姿を見る。車と競うことなく、自分のペースで進む雲。それが、雲なりのやり方なのである。

運転の場面だけでなく、「競争」の場面一般にもいえるかもしれない。あの雲のように、自分なりのやり方で進んでいけるだろうか。

たっぷりと真水を抱きてしずもれる昏き器を近江と言えり/河野裕子

個人的な話からで恐縮だが、私はまだ琵琶湖を見たことがないし、滋賀県に行ったこともない。ただどういうわけだか、三遊亭わん丈さんという落語家の、これまた珍しい演目である『近江八景』という噺を偶然にも聞いたことがあり、まるで聞いたことも見たこともない地名なのに解説が上手かった(当たり前)ものだから、琵琶湖の景色がどれだけ素晴らしいものかは既に知った気になっている。

行ったことはないけれども、近江と琵琶湖の形だけは地図で何べんも見ている。琵琶湖の景色は知らずとも、近江にとって琵琶湖がどのような存在であるのかは、なんとなく想像できる。この歌は、外の人間が読んでも「なるほど、琵琶湖と近江はやはりそういう関係だったか」と納得してしまうような、物凄く「しっくり」くるものとなっている。

東京に「ここ滋賀」という滋賀県のアンテナショップがあって、店のロゴは当然琵琶湖の形。あの形だけで琵琶湖=滋賀と理解させてしまう浸透度は、立派なものだと思う。

縁がなくてまだ未踏の滋賀。いつか必ず訪れて、琵琶湖を眺めながら冒頭の歌を呟いてみたい。


駅蕎麦の薄口のつゆを掻き混ぜて丁寧に掬う最後の一本/しゅろ

実家に戻る朝の新幹線のホームで、しばしば駅そばを食べる。

特別な気分の特別な朝は、なんの変哲もない醤油のつゆに湯がいただけのそばですらご馳走だ。

隣で立ち食いしていた50代くらいの女性が、店の外に夫を待たせたまま「ああおいしい、おいしい」と呟きながら、そばを啜っていた。二回ほど夫が店内に入ってきて、「どう、おいしい?」と聞き、「うん、ほんとおいしい」というやりとりをしていた。

ホームでよく見かける立ち食いそば屋も、失われつつあるかつての旅情のひとつなのかもしれない。そばそのものはチープなものかもしれないが、旅立つ前の高揚感の中で食べるそばは格別。きっとその女性もその一連の行為にあこがれていて、人生で一度はやってみたかったことだったのだろう。

特別な気分と印象的なやりとりが相まってより特別になった一杯のかけそばを、よりもったいをつけて食べたものである。

出典:自作

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり/若山牧水

酒を愛した歌人として知られる若山牧水。中でも特に有名なこの歌は、涼しくなってきた秋のこの時期にぴったりである。

しらたま、しみとほる、しづかにと、三つの「し」がリズミカル。音からも静謐さが伝わってくるよう。

しみとおるような酒となると、やはり日本酒だろう。ビールでもワインでもないことはわかる。最近はワイングラスで飲むようなオシャレな日本酒も浸透しつつあるけれども、ひとり静かに飲む日本酒ならば、やはりお猪口がいい。

テレビを消して、部屋も少し暗くして、窓辺で月を見ながら秋風に吹かれ、ひとり酒をあおる。本当にそんなことをしてみたくなるような、とても味わい深い名歌である。

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