短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

2019年08月

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって/中澤系

妙に印象的な歌だ。

「3番線快速電車が通過します」までの事務的な言葉と「理解できない人は下がって」の人間味のある言葉がどうにもマッチしない。

駅員さんの心の声を歌ったものなのではないか。淡々と同じアナウンスを繰り返す日々。言っても言っても、ホームの端を歩く人は絶えない。

駅員さんだって人間だ。苛立ちもすれば支離滅裂にもなるだろう。頼むから黄色い線の内側を歩いてくれ、と心の叫びが聞こえてくるような歌である。

中澤系歌集 uta0001.txt
中澤系
2018-02-22


村雨の露もまだひぬ槇の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ/寂蓮法師

百人一首には一字決まり(「む」と詠まれた瞬間に「きりたちのぼる」がわかる)の歌が7首あるのだが、幼少の頃唯一覚えた一字決まりの歌がこれだった。

村雨の歌だけは誰にも取られたくなくて、百人一首カルタをするときはいつも、「きりたちのぼる」の札を意識していた思い出がある。

あとあと意味を知ってみると、秋の風景を詠んだ渋い歌。数ある和歌の中で、どうしてこの歌だけを覚えたのか今となってはわからない。

気持ちを表現した歌の多い百人一首の中で、水墨画を思わせる味のある一首。今カルタをやったとしても、やはり取られたくないものである。

『新古今集』秋・491(百人一首87番)

事務員の愛のすべてが零れだすゼムクリップを拾おうとして/雪舟えま

事務員という呼称には人間味を感じない。だけど、作者は知っているのだ。事務員だって、人であり、愛で溢れていたことを。

日々の仕事の中で「事務員」として働くことの、言葉にならない悲痛さがこもっている。ゼムクリップを拾おうとした瞬間に愛が零れていくという描写が絶妙だ。

ちなみに私は事務員と聞くと、ピアニストの事務員gさんが思い浮かぶ。「事務員」という消えそうに無機質な呼称を、そのまま芸名に用いて有名になった方。世にごまんといるすべての事務員の希望の星であってほしい。

出典:
たんぽるぽる
雪舟えま
2018-03-16


あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の/千種創一

こういう短歌もあるんだな、ということで。

一緒に来た海で写真を撮ろうしたら動画になっていた。ほんの何気ない一瞬だが、それが再生されるごとにもう二度と戻らないという現実を強烈に突きつけてくる。

この動画自体、再生しようと思って再生したわけではないのだろう。過去のデータを何気なく漁っていたときに、ふと見つけたよく分からない動画。なんだこれ、と再生してみたら、「君」と行った海での取るに足らないワンシーンだった。

私たちの生きる日常とは、常にこうした取るに足らない出来事の連続で、わざわざ語ったり残したりすることはないものだ。だけど、そのありふれた一瞬がどれほどかけがえのないものであったのかは後に気付かされるものであって、それはその日その場の自分では決してわからない。

偶然撮影したことと偶然再生したこと。ふたつの日常を切り出した優れた短歌である。

出典:「穀物」4号

俺なんかどこが良いのと聞く君はあたしのどこが駄目なんだろう/泡凪伊良佳

アニメで『かぐや様は告らせたい』にはまって、私には珍しく原作マンガをすべて揃えてしまった。

知力を尽くして相手に好きと言わせる。本当はどちらも相手のことが好きなのに。一見高度なことをやっているようで、やっていることがいじらしいというギャップが作品の魅力になっている。

好きという感情的な部分と、なぜ好きなのかという理性的な部分は常に対立関係にある。どれだけ頭脳を鍛えても、好きという感情は理屈で説明ができない。頭が良い人ほど、そのことに振り回される様が哀しくもあり、味わい深くもある。

概して理屈っぽくなりがちな男性は、ふと不安になってついつい聞いてしまう。
「俺なんかのどこがいいの?」
冒頭の歌が良いのは、女性の心の中での切り返し方だ。
単にこれこれこういうところ、と答える前に、だったら自分はどう思われているのかと考える。しかも、どこが良いと思われているかではなく、どこがマイナスされているのか気にしているのだ。

『かぐや様』にしてもこの歌にしても、結局、男性も女性もおんなじだということ。お互いに気持ちの揺らぎを抱えながら、相手と付き合っている。理屈っぽいとか、感情的だとかも関係ない。みんな一緒だ。

これほど普遍的な内容の歌は、ありそうでなかった。男らしさ、女らしさの融解を示す、今の時代の象徴的なものとなっているのかもしれない。

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