短歌で随筆

一日一首、紹介&雑感。『フリックでコラム』の副ブログです。

月の夜に石ふみてきて門閉づる音たてゐるはただのわたくし/生方たつゑ

帰宅してきたときのシーンだろう。

社会的立場や役割のある場所から一枚門を隔てると、何者でもない自分に戻る。誰もが感じうる感覚を印象的に描く。

夜の静けさ、密やかな感じが味わい深い一首だ。

人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。旅寝かさなるほどの かそけさ/釈迢空

今でこそ旅といえば趣味にする人も多いもののひとつだが、昔は生きるか死ぬかの大事であったそうだ。

道に行き倒れた人や馬がリアルに感じられる歌。はかなさと、世の理を同時に感じる。

独特の間もこの歌の持つ空気を作っている。余談だが、釈迢空は折口信夫のこと。民俗学を感じる特徴的な歌風である。

カナリヤに逃げられし籠昏れのこりわが誕生日うつむきやすく/寺山修司

カナリヤに逃げられたというのはもちろん比喩であり、失恋したということだろう。

ぼっち誕生日になってしまったよということだろうが、歌人が表現するとここまで甘美な調べになるのである。

一周まわって可笑しさすら込み上げるのは、作者に失礼かもしれないが、その後で確かに痛みが伝わってくるのである。

夜の窓にありありとわが映りゐてわれの孤りのこころも映る/上田三四二

夜の窓に映った自分の姿を見て、自分の孤独を感じる。確かに、そんなシーンってある。

図らずも映ってしまった自分の表情ほど、間抜けなものはない。どうして今自分はこんな顔をしているのか、自分で自分が情けなくかることもある。

不意に見てしまった自分の姿の無防備さをありありと映す、シンプルながら普遍性の高い歌。

新宿駅西口コインロッカーの中のひとつは海の音する/山田富士郎

東京の人の多さの中にいると、ここが現実世界ではないかのような錯覚に陥ることがある。

新宿はその最たる場所だ。新宿のコインロッカーという現実と、最も遠くにある海の音を結びつけて幻想的な雰囲気をつくっている。

ちなみに、新宿駅西口を待ちあわせに使うのは素人。おすすめは東南口だ。まあ、新宿駅改札で待ちあわせること自体素人なのだが。

人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな/藤原兼輔

作者は紫式部の曾祖父。

親の心は闇ではないのに、子を思う道には迷ってしまうという意味。今に通ずる普遍的な真理を言い当てる。

昔から皆迷っていたのだ。全国のお父さんお母さんに伝えたい歌。

古畑の岨そばの立木にゐる鳩の友呼ぶこゑのすごき夕暮/西行

「すごき」は、元々氷や雪などの冷たさが身にこたえることの形容だったとか。そこから、人の態度が冷たいことを指すようになり、恐ろしいことをあらわす言葉になったらしい。(大岡信『折々のうた』より)

現代で用いられる「すごい」よりも、より元の意味に近い「すごき」。あまり詩歌で見かけない言葉なだけに、その光景の凄まじさを感じ入る。

しら刃もてわれにせまりしけはしさの消えゆく人をあはれと思ふ/与謝野晶子

情熱のままに迫ってきた愛する人が、今は元気がなくなってしまっている。それを見て、ますます哀れみをおぼえている。

主体的な女性を示し続けた与謝野晶子らしい歌。歌の意味もそのままに取ればよいだろう。白刃を持って迫るとは、凄まじい表現。作者の非凡さがわかる一首。

さむくなりいまは螢も光なしこ金の水をたれかたまはむ/螢(良寛)

仲の良かった女中に宛てた書簡にある歌。蛍は作者のあだ名だったようだ。

親しい間柄に見えるやさしい冗談が味わい深い。黄金の水はもちろん酒のこと。誰が酒を与えてくれる人はいないかね、とぼやいている。

手紙もすっかり過去のものとなってしまったが、滅多に送れないからこそ考え抜かれた文章になるはずで、われわれは惜しい文化を失ったものである。

父死ぬる家にはらから集りておそ午時ひるどきに塩鮭を焼く/土屋文明

父親がまさに亡くなる直前、家に兄弟が集う。

バタバタしていたのだろう、遅い昼食のために鮭をじりじり焼く。重苦しい空気が伝わってくる。

実際に同日、作者の父は亡くなったそうだ。人が死ぬ時でも、食べなければならない生の疚しさ。優れた対比であろう。

時ありて花ももみじもひとさかりあはれに月のいつもかはらぬ/藤原為子

桜も紅葉も一時的なものだが、月はいつだって変わらない。

無常を歌うものは多いが、不変と対比したものもあるようだ。

変わらないことのあはれ。簡単なようで、結構深い。

大きなる彼の死を想ひ顧みて我を思ふとき胸裂けむとす/金田一京助

彼とは石川啄木。自身も偉大な学者であったが、このような友情を題に歌うのだから作者の性格が見て取れる。

同郷の歌人とは余程の仲であったのだろう。ひとりの友人として、最大限の思いが伝わる歌である。

ことごとくわが生きざまを許さぬとこゑあり扇風機の風旋り来ぬ/小野茂樹

扇風機が回る様は、一人静かに内省している場面に良く合う。

夏の風物詩である扇風機だが、近年は暑すぎて扇風機では効果がなくなってきた。我が家も扇風機はもはやない。

国会デモをめぐる反目に会議終う帰らん帰りて毛を読むべく/清原日出夫

毛は毛沢東。毛の思想が若者の光だった時代があった。

かの国では再び文化への介入が強くなっていると聞く。広大な国家を成り立たせるには、それなりの強行性が必要なのだろうか。

毛の政治がどのようなものであったかは歴史が示す通り。難しいものである。

朝の海凪ぎて少女の泳ぎゆく黄の帽子一つ太陽一つ/鈴木幸輔

豊富な情報量が魅力的な一首。

海の青、帽子の黄、帽子の形と太陽の形。対比が見事だ。

くづれゆくさらさらまさごさざれなみさざれさらさらひたくづれつつ/坂野信彦

何かを表しているようなそうでないような。

ひたすら語感が良い不思議な作品だ。

実験的な色合いは強いが、こんな作品もあるよということで。

あけぼのの星を言葉にさしかえて唱うも今日をかぎりとやせむ/岡井隆

あけぼのの星のようなかけがえのなさを歌ってきたが、これからは変えていこうとする決意表明であろうか。

短歌のあり方を見つめ直した歌。あけぼのの星を差し替えるとは、なんと美しい比喩だろうか。

木のまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり/よみ人しらず

秋の美しい情景を表した歌。心づくしの秋、すごく良い言葉である。

木の葉から日光を透かして見る表現はたくさんあるが、月の光をチラチラさせる描写は意外とない気がする。

源氏物語にも引用されるほど有名な歌だとか。誰が歌ったのかわからずとも、作品そのものが残るって、それだけでも素敵ではないだろうか。

ぽつかりと月のぼる時森の家の寂しき顔は戸を閉ざしける/佐佐木信綱

万葉集の現代普及につとめた作者の内実は、いつまでも若々しい感性を保った人であったらしい。

この歌はおよそ万葉風とはいえない現代的感性のままに描かれた、童話風の作品。

優れた業績を残す人は、かように幅のあるものだと思わされる一首である。

とほい沓いかのゆふぐれのにほひしてもう似合はない菫色のスカーフ/小島ゆかり

オシャレな服装はどんな年齢にも有り得るが、絶対に戻れないかつての姿というものはある。

かつて愛用していたのであろうスカーフを引き出しから見つけたのか。二度と戻れない絶望と哀愁を感じる。

旧仮名遣いも美しく鮮やかな一首。

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